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江戸・東京 幕末維新史跡観光

1853年
6月3日 東インド艦隊が浦賀沖に到着。中島三郎助と堀達之助が長崎に行くように交渉するが受け入れられず。
6月4日 東インド艦隊が江戸湾奥に向かう
6月9日 戸田氏栄と井戸弘道が久里浜でペリーと会見。国書を受け取る
6月15日 幕府はペリー来航を朝廷へ上奏
6月22日 12代将軍徳川家慶が死去
7月1日 老中阿部正弘がアメリカの要求につき諸大名・幕臣に意見を求める
7月3日 前水戸藩主徳川斉昭を海防参与に任命
7月 勝海舟が貿易論・人材論・兵制改革案を提出
8月6日 高島秋帆の禁固を解き、韮山代官の支配下に置く
8月19日 ロシアの国書を受けとる
8月24日 韮山代官江川太郎左衛門が品川沖台場の築造を始める
10月8日 川路聖謨と筒井政憲にロシア交渉を命じる
10月23日 徳川家定を13代将軍に宣下
11月7日 中浜万次郎を登用し普請役格とする
1854年
1月16日 ペリー艦隊が再来訪。
3月3日 日米和親条約調印
4月30日 日米和親条約を不服とし、徳川斉昭が辞任
8月23日 日英和親条約調印
12月21日 日露和親条約調印
1855年
2月22日 松前を除き蝦夷地全土を幕府直轄領とする
8月13日 徳川斉昭が幕政参与に再任
10月9日 堀田正睦が老中首座に就任
10月24日 海軍伝習所を長崎に開校
12月23日 日蘭和親条約調印
1856年
2月11日 洋学所を蕃書調所に改名
4月13日 築地に陸軍講武所を開設
7月21日 アメリカ総領事ハリスが下田に到着
8月5日 下田玉泉寺をアメリカ仮領事館とする
10月17日 老中堀田正睦は外国事務取扱・海防月番専任に就く
1857年
4月11日 築地の陸軍講武所内に軍艦教授所を設ける
10月21日 徳川家定はハリスを謁見
10月26日 堀田正睦とハリスが会談
12月13日 朝廷に日米通商条約を結ぶ事を報告
1858年
1月8日 堀田正睦は条約勅許を得る為に京都へ行く
4月23日 井伊直弼を大老に任命
5月1日 将軍継嗣を徳川慶福にする旨を老中に申し渡す
5月7日 種痘所を神田お玉ヶ池に開設
6月21日 堀田正睦と松平忠固を免職
6月25日 諸大名が総登城し将軍継嗣は徳川慶福と発表
7月4日 13代将軍徳川家定が死去
7月5日 徳川慶勝・松平慶永を隠居の上謹慎。徳川斉昭を謹慎。徳川慶篤・一橋慶喜を登城停止。
7月8日 外国奉行を設置
8月8日 徳川家定の死去を発表
10月25日 徳川家茂を14代将軍に宣下
1859年
1月 安政の大獄。宮家公卿の家臣が逮捕され、以降宮家公家も逮捕される
2月17日 青蓮院宮尊融親王、一条忠香ら謹慎処分
4月22日 鷹司政通、近衛忠煕、三条実万ら出家・謹慎処分
4月26日 水戸藩家老安藤帯刀ら逮捕
5月28日 アメリカ、ロシア、イギリス、フランス、オランダに神奈川、長崎、函館の3港での貿易を許可
8月27日 安藤帯刀らに切腹命令
9月14日 梅田雲浜が獄死
10月7日 橋本左内、頼三樹三郎、飯泉喜内を処刑
1860年
1月13日 咸臨丸がアメリカへ向け出航
2月26日 咸臨丸がサンフランシスコへ到着
3月3日 桜田門外の変。井伊直弼が暗殺される
8月17日 長崎に養生所を開設。院長に松本良順、教授にポンペ
11月1日 和宮内親王降嫁を発表
12月5日 アメリカ公使通訳のヒュースケンが中の橋で襲撃される
1861年
5月28日 東禅寺に置かれたイギリス公使館を浪士14人が襲撃
9月5日 勝海舟を講武所砲術師範役に任命
10月28日 種痘所を西洋医学所と改名
12月11日 和宮が江戸城に入る
1862年
1月15日 坂下門外の変。老中安藤信正が浪士6人に襲撃され重傷を負う
2月11日 徳川家茂と和宮の婚儀が行われる
5月29日 イギリス公使館警備の松本藩士伊藤軍兵衛がイギリス兵を斬殺
6月10日 勅使大原重徳が徳川家茂に一橋慶喜、松平慶永の登用の勅旨を伝える
7月6日 一橋慶喜を将軍後見職に任命
7月9日 松平慶永を政事総裁職に任命
8月21日 生麦事件。薩摩藩の行列を横切ったイギリス人4人が斬り付けられる
閏8月1日 松平容保を京都守護職に任命
閏8月22日 参勤交代を3年に1回に緩和し大名妻子の帰国を許可
10月17日 講武所剣術教授 松平主税助が幕府に浪士組結成を献策する
10月22日 一橋慶喜、後見職の辞表を提出
11月2日 攘夷の勅旨に従うことを決定
12月8日 清河八郎、幕府に献策し浪士を募集 
12月12日 高杉晋作らが品川に建設中のイギリス公使館を焼き討ち
12月24日  鵜殿鳩翁、浪士組取締を命じられる 
1863年
1月5日 一橋慶喜が入京
1月7日 松平主税助が浪士募集の命を受ける
1月17日 清河八郎に対する捕縛の命が取り消される
1月19日 山岡鉄舟、近藤勇と面談
2月4日 小石川伝通院で幕府浪士組の会合が開かれる
2月8日 幕府浪士組234名、伝通院より京都へ出発
2月13日 徳川家茂が上洛
2月23日 幕府浪士組234人京都へ着
3月7日 徳川家茂、御所に参内
3月13日 分裂した浪士組、江戸へ帰還
4月13日 清川八郎が麻布一ノ橋で佐々木唯三郎らに暗殺される
4月15日 浪士組は庄内藩に預けられ新徴組となる
4月20日 徳川家茂は攘夷期限を5月10日と奉答
11月15日 江戸城西の丸にて火災
1864年
1月15日 徳川家茂、再度上洛
5月21日 神戸に海軍操練所を開設。勝海舟を軍艦奉行・海軍操練所総官に任命
8月2日 長州征討令を35藩に命じる
9月9日 近藤勇が上洛要請と隊士募集の為、江戸に入る
10月15日 新選組行動勇ら伊東甲子太郎など新入隊士を連れ江戸出立
11月10日 勝海舟は海軍操練所総官を免職となる
12月5日 長州藩は幕府に謝罪書を提出
12月27日 長州征討軍は撤兵
1865年
3月18日 神戸海軍操練所を正式に廃止
3月29日 長州藩再征討を布告
4月5日 新選組土方歳三ら試衛館に到着
4月27日 新選組土方歳三ら新入隊士を連れ江戸出立
5月16日 徳川家茂が江戸城を進発
5月22日 徳川家茂、参内し長州再討を奏上
9月21日 長州再討の勅許が降りる
11月7日 長州藩再征討を32藩に命じる
1866年
6月8日 長州藩に宣戦布告
7月20日 徳川家茂が大阪城で死去
7月30日 一橋慶喜が徳川宗家相続
8月16日 徳川慶喜が参内し征長軍解散を奏請
8月20日 徳川家茂の喪を公表
9月2日 勝海舟と長州藩広沢兵助が会談し撤兵協議が成立
12月5日 徳川慶喜が15代将軍に宣下
12月25日 孝明天皇崩御
1867年
1月9日 明治天皇即位
3月26日 榎本武揚ら開陽丸でオランダより帰国
8月14日 一橋家臣原市之進が暗殺される
10月13日 徳川慶喜は在京40藩の重役を召し大政奉還を諮問
10月14日 大政奉還を上奏
10月17日 江戸に大政奉還が伝わる
10月24日 徳川慶喜は将軍の辞表を提出
12月9日 大政復古の大号令。 徳川慶喜の辞官納地が決定
12月14日 徳川慶喜、辞官納地を拒否
12月16日 徳川慶喜、英米仏蘭伊普の6カ国代表を招き情勢を説明
12月25日 三田の薩摩藩邸焼討
1868年
1月1日 諸藩に討薩の出兵を命じ、大目付に討薩の表を持ち上洛を命じる
1月2日 幕府連合軍15000が京都へ向かう
1月3日 鳥羽伏見の戦い。 幕軍は伏見奉行所を本営とし夕刻より戦闘開始
1月4日 嘉彰親王が薩長軍本営に入り、幕軍は事実上の賊軍となる
1月5日 淀藩が官軍に付く
1月6日 徳川慶喜は夜半に大阪城を抜け出す。津藩が官軍に付く。
1月7日 徳川慶喜は松平容保などと江戸へ向け密かに出航。
官軍は徳川慶喜征討令を出す。
1月9日 幕軍は大阪城を開け渡す
1月10日 徳川慶喜以下の官位を剥奪
1月11日 徳川慶喜は品川に到着し江戸城に入城
1月15日 王政復古の布告
1月16日 新選組、江戸城へ登城。鳥羽伏見の戦いについて述べる
1月19日 徳川慶喜は江戸城でフランス公使ロッシュと会談し再挙兵を拒否
1月23日 小栗忠順を罷免。大久保一翁、勝海舟を登用
2月11日 伴門五郎、本多敏三郎が檄文を回送
2月12日 徳川慶喜は江戸城を出て、上野寛永寺に入り謹慎
近藤勇に徳川慶喜警護の命が下る
彰義隊17名、雑司が谷茗荷屋で会合
2月13日 近藤勇に甲府行きの許可が出る
2月16日 松平容保、会津へ出発
2月17日 彰義隊30名、四谷円応寺で会合
2月21日 彰義隊67名、四谷円応寺で会合
輪王寺宮、江戸を出立
2月23日 彰義隊130名が浅草本願寺に集まり彰義隊を結成
2月24日 彰義隊、隊名を正式に賜る
2月25日 新選組は徳川慶喜警護を終了し、変わって遊撃隊と彰義隊が警護
2月26日 彰義隊に市中取締りを命じる
2月30日 近藤勇率いる甲陽鎮武隊が内藤新宿に泊り遊女屋を貸切り豪遊
3月2日 徳川慶喜は彰義隊に恭順を命じる
3月5日 山岡鉄舟、江戸を出立
3月6日 総督府は江戸城攻撃を命じる。
甲州勝沼で近藤勇率いる甲陽鎮撫隊と新政府軍が衝突
3月8日 西軍、3月15日を江戸総攻撃と決める
3月9日 山岡鉄舟、駿府で西郷隆盛と面会
3月10日 甲陽鎮武隊、江戸へ到着
3月11日 新選組の近藤勇・土方歳三と意見が別れ、永倉新八・原田左之助らが靖共隊を設立
3月13日 高輪薩摩藩邸で勝海舟と西郷隆盛が会見し江戸城無血開城を決定
3月14日 西郷隆盛は江戸城攻撃を中止
五箇条の御誓文下る
3月15日 川路聖謨が自殺
3月20日 江戸城を明け渡す
輪王寺宮、東叡山に帰る
3月29日 田安亀之助が徳川宗家を相続
4月1日 新選組、流山へ転陣
4月4日 江戸城に東海道先鋒軍が入る
土方歳三は近藤勇の赦免の為、勝海舟・大久保一翁と会談
4月10日 靖共隊、江戸を出立
4月11日 江戸城を引き渡す。
大鳥圭介は幕軍洋式部隊の伝習隊を率い江戸を離れる
渋沢成一郎ら100名、彰義隊を脱退
4月15日 徳川慶喜は水戸に到着し謹慎
4月21日 東征大総督府が江戸城に入る
4月25日 近藤勇、板橋で斬首
閏4月6日 小栗上野介忠順、上州で処刑される
5月1日 大村益次郎が江戸に入る
5月7日 彰義隊、谷中で薩摩藩士3名を殺害
5月14日 新政府軍は彰義隊に宣戦布告
5月15日 上野戦争。彰義隊に新政府軍が総攻撃し彰義隊は敗退
5月24日 徳川家達は駿河府中70万石に封じられる
5月25日 輪王寺宮、鉄砲州より榎本艦隊に合流
5月30日 沖田総司病死
7月13日 天野八郎が新政府軍に捕われる
7月17日 江戸を東京と改称
8月19日 榎本武揚は軍艦8隻を率い江戸を離れる
9月8日 明治に改元
9月20日 明治天皇は東京行幸へ出発
10月13日 明治天皇が東京へ到着
11月3日 輪王寺宮、千住へ帰着し京都へ向う
11月8日 天野八郎、獄中にて死去
11月19日 築地に外国人居留地開設
1869年
1月20日 薩長土肥の連署で版籍奉還の上表
6月17日 朝廷は版籍奉還を勅許。 公卿諸侯を廃止、華族とする
6月29日 戊辰戦争の戦死者を祀る招魂社を創建
1871年
6月25日 木戸孝允以外の参議が辞任し西郷隆盛が参議に任命
7月14日 廃藩置県。
11月12日 岩倉具視を全権大使とする欧米視察団が横浜より出航
1872年
7月19日 西郷隆盛を陸軍元帥・近衛都督に任命
1873年
8月17日 参議西郷隆盛の朝鮮派遣を決定
10月15日 西郷隆盛の朝鮮派遣を再決定
10月17日 朝鮮派遣に反対する木戸孝允、大久保利通、大隈重信、大木喬任が辞任
10月23日 西郷隆盛は辞任し鹿児島へ帰国
10月25日 西郷派の板垣退助、江藤新平、後藤象二郎、副島種臣が辞任
1874年
1月 江藤新平が佐賀へ帰国
4月18日 木戸孝允は台湾出兵に反対し辞任
1876年
3月28日 廃刀令
10月29日 思案橋事件。 元会津藩士永岡久茂らが捕らえられる
1878年
5月14日 大久保利通が紀尾井坂で島田一郎らに暗殺される