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依田子威墓碑銘
依田子威(名は董)は依田家に生まれ、若い頃から学問と武術に熱心で、東京で学問を修め、久留米で槍術を極め、西国を巡って見聞を広めた。
勤勉さを藩主に認められて書記役となり、のち西洋式兵制の導入に功績を挙げて国学寮長となる。
明治政府でも法律の研究と教育に携わり官職を歴任した。晩年は千葉裁判所で働いたが病気で辞職。
明治9年(1876年)11月4日に51歳で亡くなる。
東京都台東区谷中7丁目5-24 谷中霊園乙3号6側
依田子威墓碑銘