全生庵
山岡鉄舟・・・幕臣。官僚。
旗本 小野高福の四男として誕生。幼少より神陰流と北辰一刀流剣術、槍術など諸武芸を学び弘化2年(1845年)飛騨郡代に任命された父に従い飛騨高山に移住する。
嘉永5年(1852年)父が飛騨高山で亡くなり江戸へ戻り、安政2年(1855年)講武所で学び、山岡家の婿養子となる。
安政4年(1857年)清河八郎ら同士15名と共に虎尾の会を結成し、文久2年(1862年)浪士組取締役として上洛した後に江戸へ呼び戻され、文久3年(1863年)清河八郎が幕府に粛清され山岡鉄舟も謹慎処分となる。
慶応4年(1868年)江戸城開城を決した徳川慶喜の使者として駿府へ向かい、西郷隆盛と面談し交渉をまとめる。
維新後は静岡県権大参事、茨城県参事などを務め、明治5年(1872年)から10年間の約束で宮内省の侍従として明治天皇に仕える。
明治15年(1882年)宮内省を辞め、全生庵を建立し精神修養の場を開き、一刀正伝無刀流を開祖するなど剣禅書の三道を極めた。
天保7年(1836年)6月10日誕生。明治21年(1888年)7月19日死去。
三遊亭圓朝・・・落語家。
江戸湯島で初代 橘屋圓太郎の子として誕生し、二代目 三遊亭圓生に弟子入りする。また嘉永4年(1851年)歌川国芳に弟子入りし浮世絵を習う。
安政2年(1855年)に真打に昇進して圓朝を名乗り「牡丹燈籠」「真景累ヶ淵」「怪談乳房榎」「塩原多助一代記」など多数の作品を創作した。
明治期には山岡鉄舟、高橋泥舟、井上馨・山岡鉄舟らとも交流する。怪談噺の元となった幽霊画を多数収集している。
天保10年(1839年)4月1日誕生。明治33年(1900年)8月11日死去。
千葉立造・・・医師。
陸前黒川郡糠川村で千葉重之進の長男として誕生。仙台藩医 赤坂圭斎と湧谷の医師 木村李庵に医学を学び、明治2年(1869年)東京に出て岩佐純に学びながら大学東校に通う。
卒業後は岩佐純の告成堂に副院長として勤め、往診先で山岡鉄舟と知り合い禅を学ぶ。明治13年(1880年)日本橋に自宅を新築し開業する。
弘化元年(1844年)4月12日誕生。大正15年(1926年)2月24日死去。
松本楓湖・・・画家。尊皇家。
常陸国河内郡寺内村の漢方医 松本宗庵の三男として誕生。幼少より画才を示し嘉永6年(1853年)鳥取藩御用絵師 沖一峨に学び、安政3年(1856年)彦根藩御用絵師 佐竹永海に入門する。
尊皇運動に参加し勤皇画家として知られ、元治元年(1864年)天狗党の乱に従軍し敗戦後は故郷で蟄居となる。慶応元年(1865年)再び江戸に出て絵画に専念し、明治元年(1868年)に菊池容斎へ入門する。
のち浅草に安雅堂画塾を開き多数の門人を育てた。明治15年(1882年)には宮内省の「幼学綱要」挿絵を担当して名声を確立し、明治31年(1898年)には日本美術院創設に参加し審査員も務めた。
天保11年(1840年)9月14日誕生。大正12年(1923年)6月22日死去。
石坂周造・・・尊皇家。実業家。
石坂宗哲の養子となり石坂塾で学び、天保14年(1854年)頃から尊皇攘夷に傾倒し同志を集めて密談を行い、幕府に追われて江戸を脱出するなど尊皇活動を展開した。
安政4年(1857年)清河八郎ら同士15名と共に虎尾の会を結成し、文久2年(1862年)浪士組取締役として上洛した後に江戸へ呼び戻され、文久3年(1863年)清河八郎が幕府に粛清され石坂周造も投獄される。
慶応4年(1868年)に山岡鉄舟預かりとなり赦免された後、長野村浅川の石油噴出を知って鉱区を買収し、明治4年(1871年)に長野石炭油会社を設立し日本初の石油精製所を建設した。
相良油田でも採油を試みたが事業は振るわず、明治14年(1881年)に会社は倒産した。
天保3年(1832年)1月1日誕生。明治36年(1903年)5月22日死去。
山岡鉄舟門人6名の墓
依田雄太郎・・・幕臣。
幕臣 依田左助の子として誕生。講武所で槍術教授を務め、文久2年(1862年)一橋慶喜に従い上京し、文久3年(1863年)浪士組の取締役並出役となり江戸へ戻る。
慶応3年(1867年)鈴木常太郎・豊次郎と共に上京し同年8月14日に徳川慶喜側近の原市之進を暗殺し自刃する。
天保元年(1830年)1月6日誕生。慶応3年(1867年)8月14日死去。
鈴木常太郎・・・幕臣。
幕臣 鈴木用右衛門の子として生まれ、蕃書調所下番を務め、慶応3年(1867年)依田雄太郎、弟の豊次郎と共に上京し同年8月14日に徳川慶喜側近の原市之進を依田と豊次郎が暗殺した後に板倉勝静に上書を提出する。
天保8年(1837年)誕生。慶応3年(1867年)8月死去。
鈴木豊次郎・・・鈴木常太郎の弟。
慶応3年(1867年)鈴木常太郎・豊次郎と共に上京し同年8月14日に徳川慶喜側近の原市之進を暗殺し自刃する。
慶応3年(1867年)8月14日死去。
笠原八雲・・・山岡鉄舟の門人。
木村久之丞・・・姫路藩浪人。文久2年(1862年)浪士組道中目付役兼狼藉取鎮として上洛。後に新徴組世話役を務める。
清水武二郎・・・山岡鉄舟の門人。
住所 東京都台東区谷中5丁目4−7
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山岡鉄舟 |
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山岡鉄舟居士之賛 案内 |
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三遊亭円朝 |
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| 三遊亭円朝翁碑 |
三遊亭円朝翁碑 案内 |
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| 山岡鉄舟門人6名の墓 |
山岡鉄舟門人6名の墓 |
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