吉田流記念碑
吉田流按摩術を世に広めた吉田久庵の記念碑。
初代 吉田久庵・・・按摩。
武蔵国北埼玉郡の農家に生まれる。郷里で医学を学び、長崎に留学し蘭方医術を習得。 江戸に戻り幕府奥医師 石坂宗哲に師事。
蘭方医術の知識と鍼灸や導引を研究し吉田流を完成させ天保3年(1832年)江戸日本橋で開業する。私塾を開き晴眼者を対象として技術を伝授する。
享和3年(1803年)3月20日誕生。安政3年(1856年)7月18日死去。
2世 吉田久庵・・・按摩術師。
初代の子として誕生。早くから家業を継承する。門弟が増えすぎたため八丁四方に一人だけ開業できる制度を制定し、吉田流の秩序維持と繁栄に寄与する。
文久元(1861)年、杉山流(視覚障害者中心)との衝突が起り南町奉行所の判決で棲み分けが出来る。
天保7年(1836年)誕生。明治29年(1896年)死去。
3世 吉田久庵・・・按摩術師。
2世の次男として誕生。慈恵科専で医学を学んでいる途中で父の死により医師を断念し家督を継ぐ。
東京鍼灸治会、鍼按灸治会附属講習所、東京帝国大学医学部など役員等を歴任し疎開先の栃木市で死去。
明治12年(1879年)5月8日誕生。昭和21年(1946年)4月3日死去。
住所 東京都府中市多磨町4丁目628 多磨霊園 2区1種7側
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