山井介堂・清渓・道子
山井介堂・・・西条藩校択善堂教授。
渡辺樵山の弟として生まれ、松崎慊堂に朱子学を学ぶ。松崎慊堂の推薦で西条藩に仕え、藩命により断絶していた山井崑崙の家名を再興。西条藩校 択善堂の教授となる。
弘化3年(1846年)江戸麻布で私塾を開く。
文政5年(1822年)7月誕生。文久2年(1862年)3月10日死去。
山井清渓・・・西条藩儒。
通称は幹六。淀藩士 内田成允の子として誕生。山井介堂に学び養子となる。後に安井息軒と塩谷箕山に学び、西条藩校 択善堂の学頭を務める。
明治維新後、東京で私塾を開き、明治29年(1896年)第一高等学校教授に就任。
弘化3年(1846年)2月25日誕生。明治45年(1912年)5月29日死去。
山井道子・・・清渓の妻。
東條一堂の長男で儒学者 東條方庵の娘として生まれる。37歳で山井清渓と結婚。明治24年(1891年)女子教育用教科書「女子修身鑑」などを著す。
嘉永5年(1852年)誕生。
住所 東京都府中市多磨町4丁目628 多磨霊園 3区1種9側19番