徳富一敬・徳富久子
徳富一敬・・・儒学者
肥後国水俣郷の庄屋 徳富美信の長男として誕生。近藤英助の私塾や藩校時習館で学び弘化2年(1845年)横井小楠の門弟となる。
安政2年(1855年)葦北郡宰属監察に就任。文久4年(1864年)2月に坂本龍馬が横井小楠を訪ねて来た時には徳富一敬も同席している。
明治2年(1870年)熊本藩奉行所書記兼録事となり熊本県典事、白川県七等出仕と務め明治6年(1873年)に辞職する。
のち共立学舎や大江義塾で漢学を教え、明治39年(1906年)海老名弾正より洗礼を受けキリスト教に入信。
文政5年(1822年)9月24日誕生。大正3年(1914年)5月26日死去。
徳富久子・・・社会事業家。
肥後上益城郡杉堂村の肥後藩士 矢島忠左エ門直明の四女として誕生。
嘉永元年(1848年)徳富一敬と結婚して徳富蘇峰・徳冨蘆花・湯浅初子ら3男5女を育てる。
明治12年(1879年)洗礼を受けキリスト教に入信。妹の矢嶋楫子が発足した日本基督教婦人矯風会の活動に積極的に協力した。
文政12年(1829年)4月11日誕生。大正8年(1919年)2月18日死去。
住所 東京都府中市多磨町4丁目628 多磨霊園 6区1種8側13番