田中光顕
田中光顕・・・勤王志士。官僚。政治家。
土佐国佐川村で生まれ、武市半平太の土佐勤王党に加盟し尊王攘夷運動に傾倒する。元治元年(1864年)脱藩して長州へ赴き高杉晋作に師事し、慶応4年(1868年)中岡慎太郎の陸援隊に参加する。
慶応4年(1868年)官軍として高野山で挙兵し和歌山藩を恭順させ、京都に戻り御親兵となる。維新後は新政府に出仕、岩倉使節団理事官として欧州視察、西南戦争では征討軍会計部長を務めた。
陸軍少将、元老院議官、初代内閣書記官長、警視総監、学習院院長などを歴任し、明治31年(1898年)宮内大臣となり約11年間、宮廷政治で大きな影響力を持ち、明治42年(1909年)に収賄疑惑で辞職し政界を退いた。
天保14年(1843年)閏9月25日誕生。昭和14年(1939年)3月28日死去。
住所 東京都文京区大塚5丁目40−1 護国寺
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