田中平八
田中平八・・・天下の糸平と呼ばれる豪商。
信濃国伊那郡赤須村の商人 藤島卯兵衛の三男として誕生。嘉永5年(1852年)同郷の藍屋 田中保兵衛の婿養子となり平八と改名。
安政6年(1859年)開港した横浜へ向かい生糸や茶を扱い一時は成功したが没落し、上京して勤王の志士と交わる。
元治元年(1864年)水戸天狗党の乱の挙兵に加わり諸戦を経て脱退、江戸で潜伏中に捕縛され入獄する。 出牢後、横浜で大和屋に寄宿して洋銀取引に参入。
慶応元年(1865年)洋銀相場で大成功し両替商「糸屋」を開業。慶応4年(1868年)洋銀現場取引所を設立。明治5年(1872年)横浜金穀相場会所を設立。
後に田中組(田中銀行)、東京株式取引所、東京米商会所の設立に関わる。
天保5年(1834年)8月15日誕生。明治17年(1884年)6月8日死去。
住所 東京都府中市多磨町4丁目628 多磨霊園 1区1種6側1番
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