竹内百太郎生家、墓所
竹内百太郎 ・・・水戸藩郷士。天狗党。
常陸国安食村で醸造、製薬を生業とし水戸藩に2500両を献金して郷士に列していた竹内仙右衛門の長男として誕生。
斉藤晩晴と藤田東湖に学び、小川郷校では幹事として活躍した。
安政6年(1859年)戊午の密勅問題では返納反対を主張し尊王攘夷に奔走し、万延元年(1860)同志30余名と薩摩藩邸へ勅旨貫徹を訴え禁錮刑を受ける。
元治元年(1864)3月、藤田小四郎、岩谷敬一郎と共に筑波山で挙兵し三総裁の一人となる。資金面でも大きく支えたが敗戦し武田耕雲斎と西上し敦賀で降伏して斬首となる。
幕府の人相書では「容体中丈中肉、骨太く肩怒り角顔にて色黒く鼻太く小鼻開き、口大きく唇ふとく、眉毛濃く眼大きく、たくましき方、胴声にて物言おそき方」と記されている。
天保2年(1831年)誕生。元治2年(1865年)2月4日死去。
住所 茨城県かすみがうら市安食1820
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生家 |
竹内百太郎君彰烈之碑 |
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| 竹内百太郎碑 |
竹内家墓所 |
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