田原城惣門跡・田原市報民倉

田原城の惣門があった地で石垣が残っている。跡地に田原市報民倉が建てられている。

「報民倉」とは、田原藩が救民のため建設した備蓄倉庫のことで、現在の田原市民俗資料館の南にありました。
天保6年(1835年)田原藩は渡辺崋山の指導により、来るべき飢餓に備え、穀類等を備蓄する救民のための義倉「報民倉」を企画しました。
この建設は身分・年齢・性別を越えた領民の奉仕によって進められ、まさしく官民一体となって取り組んだ飢饉対策事業だったのです。
「報民倉」により、天保の飢饉(天保7・8年)においても田原藩は一人の餓死者、流亡者を出すことはなく、翌9年田原藩は、幕府から全国で唯一表彰されました。
この「田原市報民倉」は現代版「報民倉」であり、巨大地震などの災害に備えるための資機材が保管されております。
【現地案内版より】

住所 愛知県田原市田原町殿町50−1
地図
惣門跡 惣門跡
惣門跡 案内 田原市報民倉 案内
田原市報民倉 田原市報民倉
田原市報民倉 渡辺小華の「煙草綿花写生図」