正覚寺

丁卯の大獄で自宅に軟禁され慶応2年(1866年)11月14日に自刃した大山庄太夫の墓が有る。
大山庄太夫は13年間に渡り江戸留守居役を勤め、天保国替え事件で転封を撤回させるなど政治的手腕を発揮したが、公武合体論を唱え藩内政争に破れ死後に腰切刑に処せられた。

住所 山形県鶴岡市鳥居町33−46
地図
大山庄太夫の墓 大山庄太夫の墓 左面
大山庄太夫の墓 大山庄太夫 案内
正覚寺