神明社

山中静逸(山中信天翁)・・・志士。政治家。書家。
三河国碧海郡棚尾村東浦の豪農 山中七左右衛門(山中子敏)の次男として誕生。大坂の篠崎小竹に入門。嘉永元年(1848年)父 七左右衛門が死去し家督を相続し寺小屋を開く。
のちに家督を弟に譲り伊勢の斎藤拙堂に入門。京都へ上り梁川星巌、頼三樹三郎、梅田雲賓ら勤王志士と交流し国事の奔走する。安政5年(1858年)安政の大獄が始まり修学院村に潜伏。
のち岩倉具視に仕え、慶応4年(1868年)鳥羽・伏見の戦いでは朝廷側の兵糧軍資金調達を担当。明治天皇の東幸では御用掛を務める。
明治2年(1869年)7月、桃生県知事。明治3年(1870年)9月、登米県知事を務める。明治6年(1873年)官職を辞し隠棲。京都下鴨に居を構え文芸三昧の生活をおくる。
文政5年(1822年)9月2日誕生。明治18年(1885年)5月25日死去。

住所 愛知県碧南市東浦町4丁目6
地図
信天翁山中先生之碑 信天翁山中先生之碑
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