清円寺

日下部太郎の菩提寺。

日下部太郎・・・福井藩士。13歳時に藩校 明道館に2年飛び級で進学。20歳の時に長崎へ遊学し済美館で英語を修得する。
          22歳の時、海外旅行免許状(パスポート)を所得し福井藩士として初めての留学生となり、アメリカに留学する。
                    留学先のラトガース大学では常に首席であったが、卒業間際に結核を患い病死した。遺体はラトガース大学横のウィローグローブセメタリーに埋葬された。
          ラトガース大学は卒業生と同等の資格を与え卒業生によるファイ・ベータ・カッパ-協会に推薦。
          ファイ・ベータ・カッパ-協会会員の証である金の鍵は明新館教師として招かれたウィリアム・エリオット・グリフィスによって日下部太郎の父に渡された。
          弘化2年(1845年)6月6日誕生。明治3年4月13日病死。

住所 福井県福井市宝永4丁目22−13
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清円寺