西園寺公望

西園寺公望・・・政治家。
徳大寺公純の次男として誕生し西園寺師季の養子となり家督を継ぐ。学習院で学んで11歳の時に御所に出仕し祐宮(明治天皇)の近習となる。
慶応4年(1868年)戊辰戦争では総督として各地を転戦し同年10月に新潟県知事に就任する。
明治3年(1871年)官費留学生としてフランスのソルボンヌ大学で学び、帰国後は伊藤博文の腹心として文部大臣・外務大臣・枢密院議長を歴任。
明治39年(1906年)内閣総理大臣となって第1次・第2次西園寺内閣を組織し、桂太郎と交互に政権を担う「桂園時代」を形成。
大正5年(1916年)には元老となって大正から昭和初期の首相選定に大きな影響力を持ち、立命館創設など教育にも尽力した。
嘉永2年(1849年)10月23日誕生、昭和15年(1940年)11月24日死去

住所 東京都府中市多磨町4丁目628 多磨霊園 8区1種1側16番
地図
西園寺公望 西園寺家墓所