龍江寺
内藤魯一・・・福島藩家老。重原藩執政大参事。自由民権運動家。政治家。
福島藩家老 内藤豊次郎の子として誕生。元治元年(1864年)10月10日に天狗党鎮圧戦で父が戦死し後を受け家督相続し近習頭となる。
慶応4年(1868年)戊辰戦争で福島藩は奥羽越列藩同盟に参加したが、内藤は反対して孤立。
福島藩が恭順後は家老に就任し事態収拾に尽力。藩は三河国重原藩へ転封となり、藩主 板倉勝己は謹慎隠居。執政大参事に就任し藩政改革に関わる。
明治4年(1871年)廃藩置県後も旧藩士の授産活動に尽力する。明治12年(1879年)三河交親社を設立し、明治13年(1880年)愛知県交親社へ拡大し愛知県の自由民権運動を主導。
愛知自由党の設立に関わり板垣退助の秘書となる。明治15年(1882年)4月6日に板垣退助の岐阜遭難事件では襲撃者の相原尚褧を取り押さえた。
明治17年(1884年)加波山事件に連座し2年間投獄。 愛知県会議員として10年以上活動。
明治35年(1902年)教科書疑獄事件で収賄罪により懲役1年。ただし受け取った金は東海新聞社救済に充当し、かえって声望が高まる。
明治38年(1905年)衆議院議員補欠選挙で当選。 明治44年(1911年)在職のまま死去。
弘化3年(1846年)10月6日誕生 明治44年(1911年)6月29日死去。
住所 愛知県刈谷市小垣江町北竜6