良参寺

山本音吉の墓が平成16年(2004年)シンガポールで再発見され、平成17年(2005年)遺骨の一部が良参寺の墓に納められた。

山本音吉(乙吉とも。英名ではJohn Matthew Ottoson)・・・水主。漂流民。通訳。
尾張知多郡小野浦で誕生。天保3年(1832年)10月、宝順丸の乗組員として江戸に出航し遠州灘で難破、14か月漂流し音吉、岩吉、久吉の3名が生存してアメリカ西海岸に漂着。
先住民に救助されるが奴隷として使われ、英国船に売られる。ハドソン湾会社の船によりロンドンへ渡り初めてイギリス上陸した日本人となる。
1835年(天保6年)12月マカオに着き宣教師ギュツラフと共に初めての日本語訳聖書「ギュツラフ訳聖書」編纂に協力する。
1837年(天保8年)3月、九州の漂流民4名と合流し江戸へ向かうが、7月30日に三浦半島沖で砲撃にあいマカオへ引き返す(モリソン号事件)
その後、上海に渡りデント商会に勤める。1849年(嘉永2年)4月8日、英国マリナー号に通訳として浦賀に来航。1854年(安政元年)日英和親条約で通訳として再来日。
1862年(文久2年)上海を離れシンガポールへ移住。1864年(文久4年)日本人で初めてイギリスに帰化しJohn Matthew Ottosonと名乗る。
文政2年(1819年)誕生。慶応3年(1867年)1月18日死去。

住所 愛知県知多郡美浜町小野浦清水18
地図
宝順丸14名の墓 宝順丸14名の墓
宝順丸14名の墓 山本音吉 遺灰の帰郷について
良参寺 良参寺 案内