太田信義
太田信義・・・壬生藩士。太田胃散創業者。
壬生藩士の子として誕生し、槍術教授役を務める。藩命で江戸で情勢を探り諸藩士と交流。
維新後は四日市の官吏を務めたのち、明治11年(1878年)官職を辞して東京日本橋で出版業と薬業に転じる。
大阪で緒方拙斎から受けた処方を基に守田治兵衛の助言を得て明治12年(1879年)に胃散を発売。
明治14年(1881年)に「雪湖堂の胃散」を世に広めて後の「太田胃散」の基礎を築く。
天保8年(1837年)2月5日誕生。明治23年(1890年)に逝去。
住所 東京都府中市多磨町4丁目628 多磨霊園 6区1種5側
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太田信義 |
太田家墓所 |
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