大井平共同墓地
古橋暉皃・・・農業指導者。
三河国設楽郡稲橋村 古橋源六郎義教の次男として誕生。
天保2年(1831年)兄の早世により19歳で家督相続し源六郎を襲名。 家財と鉄店在庫を競売し借金返済の道筋をつける。
天保4年(1833年)~天保7年(1836年)天保の大飢饉では自家も苦しい中、米麦を給与し富裕者と協力して無利子貸与を実施。杉苗を配布し植林を開始。
安政6年(1859年)本居宣長「直毘霊」に感銘。文久3年(1836年)江戸に出て平田篤胤門に入門し国学へ傾倒する。
明治元年(1868年)三河県に出仕。三河判事 土肥大作との議論を通じ富国殖産の思想を深める。明治2年(1869年)三河県が廃県し伊那県足助局に勤める。
明治5年(1872年)退官し稲橋村で私財を投じて地域産業を振興し、学校設立にも尽力する。明治11年(1878年)養蚕伝習所を創設し、植林など地域殖産に貢献する。
文化10年(1813年)3月23日誕生。明治25年(1892年)12月24日死去。
住所 愛知県豊田市稲武町大井平6−2