南部利剛・南部利恭
南部利剛・・・盛岡藩14代藩主。
12代藩主 南部利済の三男として誕生。七戸藩主 南部信誉の養子となるが病により盛岡藩に戻る。嘉永2年(1849年)兄の13代藩主 南部利義が利済と対立して隠居する事になり14代藩主に就任する。
藩主就任後も利済と利義の対立は続き、安政元年(1854年)幕府が介入し両名とも蟄居処分となる。慶応4年(1868年)戊辰戦争では奥羽越列藩同盟に加盟し旧幕府側として参戦。
降伏後に蟄居処分となり長男の利恭に家督を相続する。
文政9年(1827年)12月28日誕生。明治29年(1896年)10月30日死去。
南部利恭・・・白石藩初代藩主。
14代藩主 南部利剛の長男として誕生。旧幕府側として戊辰戦争を戦った事により14代藩主 南部利剛が蟄居改易処分となり明治元年(1868年)12月17日に白石藩として家督を相続する。
明治2年(1869年)6月18日、版籍奉還により白石藩知事となり7月21日に盛岡藩知事に転じ、明治3年(1870年)に免職となる。明治17年(1884年)華族令により伯爵に叙される。
安政2年(1855年)10月9日誕生。明治36年(1903年)10月9日死去。
住所 東京都文京区大塚5丁目40−1 護国寺