妙蓮寺墓地(平和公園)
清水次郎長の妻 蝶
安政5年(1858年)の暮れ、次郎長は妻おちょう(初代)と子分の大政、相撲常らを率いての旅の途次、名古屋巾下の侠客長兵衛の家に止宿していた。
この時おちょうは重い病にかかり、看護の甲斐なく、ついに息を引き取る。
旅先で悲運の命を落とした妻おちょうの為に次郎長は、名古屋妙蓮寺知内に墓を建立し、その霊を手厚く弔った。依頼、百五十年の星霜を経て墓石の損傷は著しい。
よって有志の拠出金により、出来る限りの保存修復の手当てをなし、その由来をここに記す。
【現地案内版より】
住所 愛知県名古屋市千種区平和公園1丁目
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おちょう |
おちょうの墓由来 |
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平和公園墓地案内図 |
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