宮本中務・太宰清右衛門の墓

宮本中務・・・神官。天狗党。
名は主馬之介。常陸国新治郡田伏村 戸村義堯の次男として生まれ、田伏村鹿島神社の祠官 宮本信義の養子となる。
尊王攘夷運動を行い安政5年(1858年)戊午の密勅の際には返納不可を主張し水戸街道長岡宿に屯集する。
元治元年(1864年)天狗党に郷校小川館勢を率いて参戦する。降伏して関藩預けとなり慶応4年(1868年)に許され諸生派討伐に参戦する。
文政12年(1829年)誕生。明治7年(1874年)1月15日死去。

太宰清右衛門・・・商人。水戸藩士。天狗党。
伊達郡保原町の豪商 太宰文蔵の長男として誕生。江戸に出て日本橋店の責任者を務め、千葉周作道場に入門する。
この頃、水戸藩士 竹内百太郎と知り合い、助言を得て金500両を水戸藩に献じて水戸藩士となり、安食村に新居を構えた。
尊王攘夷運動を行い安政5年(1858年)戊午の密勅の際には返納不可を主張し水戸街道長岡宿に屯集する。
元治元年(1864年)天狗党に郷校小川館勢として参戦する。敗走して宍倉村杲泰寺に潜伏中に補吏に追われ自刃する。
文政12年(1829年)誕生。元治元年(1864年)10月20日死去。

住所 茨城県かすみがうら市田伏3841
地図
宮本中務 宮本中務
太宰清右衛門 太宰清右衛門
墓地入口 分れ道 右へ