三村玄澄宅跡
三村玄澄は寛政4年(1792年)鉄炮塚町(現在の東区相生町)の薬種商小西屋 三村長兵衛の子として生まれた。幼児より学問を好み13歳の時、鍋屋町の奥医師 浅野春道に入門し医学を修めた。
さらに華岡青洲に師事、尾州における優れた内科・外科医として注目を浴び、後には尾張藩主14代 徳川慶勝の奥医師となった。嘉永6年(1853年)没。
【現地案内版より】
住所 愛知県名古屋市中区錦2丁目7−1
三村玄澄宅跡
三村玄澄宅跡
三村玄澄宅跡 案内