明倫館跡

明倫館は大野藩主 土井利忠が、天保14年(1843年)に出した学校創設の令により学問所を設置し、渡辺順八郎・内山隆佐・高井玄俊・中井玄仙を世話役として藩の会所に仮の授業所をおいた。
翌年の弘化元年(1844年)に校舎を新築し、土井利忠によって「明倫館」と名付ける。
大野藩の明倫館は、武士だけではなく一般家庭の子供達も学ぶことができ、幕末には200人以上の生徒が在籍していた。

住所 福井県大野市城町9−1
地図
明倫館跡