松本奎堂生誕地
松本奎堂・・・刈谷藩士。天誅組総裁。
刈谷藩士 松本印南の次男として誕生。18歳で槍術稽古中に左目を失明。伊藤両村に儒学を学び、嘉永5年(1852年)伊藤両村の推薦によって刈谷藩に選ばれ江戸の昌平坂学問所で学び舎長となる。
その後 脱藩して名古屋や大坂で私塾を開き梅田雲浜ら尊王志士たちと交流する。
文久3年(1863年)8月、孝明天皇の大和行幸の詔を受け吉村寅太郎、藤本鉄石とともに天誅組を結成。同年8月17日に五條代官所を襲撃し挙兵。しかし翌日の八月十八日の政変により孤立し逆賊とされる。
8月26日に高取城を攻撃するが失敗し、9月24日に鷲家口で天誅組は壊滅し9月25日に銃殺された。
天保2年(1832年)12月7日誕生 文久3年(1863年)9月25日死去
住所 愛知県刈谷市司町5丁目18
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松本奎堂碑 |
松本奎堂生誕地 |
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| 松本奎堂生誕地 |
松本奎堂 案内 |
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