俣野時中
俣野時中・・・庄内藩士。教育者。
庄内藩士 俣野景敏の次男として誕生。慶応2年(1866年)より藩校致道館で学ぶ。明治5年(1872年)松ヶ丘開墾事業に参加する。
明治9年(1876年)上京して司法省法律学校で法律経済を修め、のち越後高田新聞社主筆、東京専門学校講師、和仏法律学校講師などを歴任する。
明治23年(1890年)鶴岡の荘内中学校校長に招かれ、教育内容の充実や校舎改築に尽力したが、国粋主義的姿勢により職員生徒の排斥を受け明治25年(1892年)3月に辞任。
安政4年(1857年)4月4日誕生。明治45年(1912年)4月21日死去。
住所 東京都府中市多磨町4丁目628 多磨霊園 8区1種9側
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