高乾院
伊藤益荒・・・島原藩士。
島原藩江戸定府藩士で中小姓兼句読師を務める。平田篤胤の没後門人となり平田派国学を学ぶ。
文久2年(1862年)京都へ向い、文久3年(1863年)2月22日の足利三代木像梟首事件に関与し脱藩。
同年8月15日江戸で梅村真一郎と共に皇学者 鈴木重胤を暗殺し、5月に天狗党に加わる。
天狗党別動隊として笠間に侵攻するも敗戦し元治元年(1864年)9月8日に高田山を潜行している所を笠間藩兵に見つかり自刃。
弘化元年(1844年)誕生。元治元年(1864年)9月8日自刃。
伊藤斎宮・・・高崎藩士。
高崎藩を脱藩し天狗党に参加。元治元年(1864年)9月8日に高田山を潜行している所を笠間藩兵に見つかり自刃。
住所 茨城県笠間市石井1747
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伊藤益荒 |
伊藤斎宮 |
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伊藤両志士について |
伊藤両志士の墓 |
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