高源寺
村山たかの晩年の肖像画である「紙本淡彩 妙寿尼」が保管されており、年に2回特別公開されている。
村山たか・・・別名 可寿江。多賀神社尊勝院主尊少僧都の娘。のちに多賀神社寺僧村山家の養女となる。
18歳で藩主 井伊直亮の侍女となり、20歳で京都に上って祇園の芸妓となる。金閣寺の僧との間に男子を宿すが私生児の為、子を引き取り彦根に帰郷。
蟄居生活であった井伊直弼と出会って情交を結び、後に長野主膳の妾となる。安政の大獄の際には井伊直弼、長野主膳に協力し京都で倒幕派の情報を詮索していた。
文久2年(1862年)尊王攘夷派の志士に捕らえられ三条河原に3日間生き晒にされた。のち金福寺で出家し妙寿尼と名乗り明治9年に死去した。
文化7年(1810年)誕生。明治9年9月30日死去。
住所 滋賀県犬上郡多賀町楢崎374
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高源寺 |
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