幸福寺

宇都宮三郎・・・尾張藩士。化学者。
尾張藩士 神谷半右衛門 義重の三男として生まれる。尾張藩校明倫堂で学び、後に蘭学と砲術を上田帯刀に学ぶ。
嘉永6年(1853年)ペリー来航後に江戸行きを命じられ、尾張藩蔵屋敷で台場建設計画に加わる。
安政4年(1857年)脱藩し江戸で砲術を江川坦庵、下曾根金三郎に学ぶ。万延2年(1861年)幕府 蕃書調所に出仕し兵器化学を教授。私塾 錦径舎を開く。
明治2年(1869年)開成学校教館となる。明治5年(1872年)工部省に入り明治15年(1882年)工部大技長に就任。明治17年(1884年)病気により辞任する。
化学者としてセメント、耐火煉瓦、炭酸ソーダ、醸造法の改良などに功績を残した。
天保5年(1834年)10月15日誕生。明治35年(1902年)7月23日死去。

住所 愛知県豊田市寺部町1丁目28−1
地図
宇都宮三郎 宇都宮三郎 右面
宇都宮家墓所 宇都宮家墓所
宇都宮三郎 案内 宇都宮三郎 案内
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