狩野良知・狩野水子
狩野良知・・・久保田藩大館城代家老。役人。
久保田藩士 狩野与十郎長安の子として誕生。藩校明徳館で学んだのち、江戸で佐藤一斎や昌平坂学問所で学ぶ。
安政元年(1854年)に尊王開国を説く「三策」を著し、吉田松陰によって萩へ持ち帰られ松下村塾から出版される。
戊辰戦争では明徳館詰役支配として秋田戦争に出陣。明治7年(1874年)内務省へ入り東京へ移住。
退官後は秋田出身者の相談役として活動する。
文政12年(1829年)1月誕生。明治39年(1906年)12月14日死去。
狩野水子・・・歌人。
狩野良知の母。「棣華 第6集」に歌が残されている。
文化6年(1809年)誕生。明治15年(1882年)死去。
住所 東京都府中市多磨町4丁目628 多磨霊園 8区1種13側21番