板垣退助の像
明治17年(1884年)に板垣退助を招いて鮎漁大会を催した事を記念して銅像が建立された。
板垣退助・・・土佐藩士。政治家。自由民権運動家。
土佐勤王党には13番目に名を連ね、大政奉還前後の土佐藩で尊皇討幕の急先鋒として活動。慶応4年(1868年)戊辰戦争では東山道先鋒総督府参謀として軍事行動を主導した。
維新後は新政府で参与・参議を務め、兵制改革や地方行政制度の整備に関わった。
明治6年(1873年)征韓論政変を契機に下野し、自由民権運動の中心人物として国会開設・憲法制定を求める全国的運動を指導した。
明治15年(1882年)4月6日に岐阜で暗殺未遂を受けながらも民権思想を貫き、自由党総理として政党政治の基盤を築いた。
嘉永7年(1854年)5月21日誕生。大正8年(1919年)7月16日死去。
住所 東京都青梅市駒木町3丁目668-2(釜の淵公園)
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板垣退助 |
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