土浦藩校郁文館正門

土浦藩の藩校 郁文館の名称は、第7代藩主 土屋英直が名付けたもので、はじめは土浦城内に置かれていた。
天保10年(1839年)第10代藩主、土屋寅直の時、ここに新築して移った。
一名、文武館ともいい、文館と武館にわかれており、学者として有名な藤森弘庵や剣客の島田虎之助が指導にあたっていた。
その後、明治大正時代にも洋学校化成館、新治師範学校、土浦高等小学校の校舎として使用されたが、昭和10年(1935年)に取り壊され、この正門だけが唯一の遺構となった。
解体復元工事にあたり、地盤沈下による建物の不同沈下防止のため地面下の基礎はPC杭で支持した。
また、調査の結果、木材表面に酸化第二鉄(ベンガラ)を検出したことから、赤門に復元した。
【現地案内版より】

住所 茨城県土浦市文京町3−1
地図
郁文館正門 郁文館正門
郁文館の正門 案内