本間棗軒
本間棗軒・・・水戸藩医。
通称は玄調。水戸藩医の原南陽に入門し、その後に江戸の杉田立卿、長崎のシーボルト、紀伊の華岡青洲らに医学を学ぶ。
天保14年(1843年)に弘道館医学館の教授となり、3千人余りに種痘を施した。「瘍科秘録」「内科秘録」などを著した。
文化元年(1804年)誕生。明治5年(1872年)2月8日死去。
住所 茨城県水戸市松本町13−34
本間棗軒(2012年1月)
本間棗軒(2012年1月)