橋口壮介・橋口吉之丞

橋口壮介・・・薩摩藩士。
薩摩藩士 橋口彦次の長男として誕生。大山綱良に薬丸自顕流を学ぶ。薩摩藩校造士館の教導を務める。
文久2年(1862年)江戸詰めを命じられ、尊王攘夷運動に尽力。京都へ出奔し同年4月23日に寺田屋事件で斬死する。
天保12年(1841年)誕生。文久2年(1862年)4月23日死去。

橋口吉之丞・・・薩摩藩士。
墓誌には次郎と刻まれる。薩摩藩士 橋口彦次の次男として誕生。兄の橋口壮介と共に尊王攘夷運動に尽力。
文久2年(1862年)4月23日に京都の寺田屋事件で投降し鹿児島で謹慎処分となる。
明治元年(1868年)12月3日、切腹となる。一説には田中河内介父子暗殺事件の責任を取らされたともいわれる。
天保14年(1843年)誕生。明治元年(1868年)12月3日死去。

住所 東京都府中市多磨町4丁目628 多磨霊園 22区1種5側
地図
橋口壮介・橋口吉之丞 橋口壮介・橋口吉之丞 左面
橋口壮介・橋口吉之丞 右面 橋口壮介・橋口吉之丞 裏面
橋口壮介・橋口吉之丞 墓誌
橋口家墓所