原市之進
原市之進・・・水戸藩士。幕臣。
従兄であった藤田東湖に学び、嘉永6年(1853年)江戸の昌平坂学問所に入学する。
安政2年(1855年)弘道館舎長となり安政3年(1856年)弘道館訓導 兼 史館勤となり、私塾 箐莪塾を開く。
文久3年(1863年)将軍後見職の徳川慶喜に乞われ側近として近侍する。
元治元年(1864年)徳川慶喜が禁裏御守衛総督に就き原市之進は一橋家家臣となる。
慶応2年(1866年)徳川慶喜より幕臣として取り立てられる。
兵庫開港問題で尽力し慶応3年(1867年)5月24日に朝廷より兵庫開港の勅許を出す事に成功するが、
この功績が妬まれ尊王攘夷からの変節と受け取られ慶応3年(1867年)8月14日に鈴木豊次郎と依田雄太郎に暗殺される。
文政13年(1830年)1月6日誕生。慶応3年(1867年)8月14日死去。
住所 茨城県水戸市松本町13−34
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原市之進(2012年1月) |
原市之進 案内(2012年1月) |
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原市之進(2012年1月) |
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