後藤新平宅跡
安政4年(1857年)岩手県奥州市に生まれた。福島県須賀川医学校卒業後、招かれて来名。明治14年(1881年)愛知県病院長兼医学校長となり、明治16年(1883年)内務省に転ずるまでここに住んでいた。
明治15年(1882年)岐阜で自由党総裁 板垣退助が刺客に襲われた時、ここより人力車で馳せつけ応急手当をしたといわれる。のちに内務大臣、伯爵となり政界で活躍した。
【現地案内版より】
住所 愛知県名古屋市中区大須1丁目4−4
後藤新平宅跡
後藤新平宅跡
後藤新平宅跡