長梅外・長三洲

長梅外・・・長州藩士。漢詩人。
初め医者をしていたが広瀬淡窓に学び安政3年(1856年)私塾茂園学舎を開き、村上仏山らと詩会を開くなど親交する。
長男 三洲と共に尊王攘夷運動に奔走し長州藩校教授となる。明治5年(1872年)東京で斯文会を起て講師となる。
文化7年(1810年)4月6日誕生。明治18年(1885年)10月28日死去。

長三洲・・・長州藩士。官僚。漢詩人。
豊後国日田で長梅外の長男として誕生。広瀬淡窓、広瀬旭荘に学ぶ。
長州藩に身を寄せ尊王攘夷運動に奔走し、元治元年(1864年)奇兵隊に入隊し下関戦争に参陣。慶応4年(1868年)戊辰戦争では越後口征討軍参謀として長岡・会津を転戦。
明治維新後は山口藩の藩政改革に関わり、のち太政官制度局員・文部官僚として学制五編を起草し、日本近代教育制度の基礎を築く。
明治12年(1879年)辞職し文書画に専念する。
天保4年(1833年)9月23日誕生。明治28年(1895年)3月13日死去。

住所 東京都府中市多磨町4丁目628 多磨霊園 12区1種17側22番
地図
長梅外・長三洲 長家墓所