阿南尚
阿南尚・・・岡藩士。官吏。
大分県直入郡玉来町の庄屋の家に生まれる。文久4年(1864年)岡藩に出仕。慶応4年(1868年)戊辰戦争での藩の優柔不断な態度を批判して禄を失う。
明治9年(1876年)小倉県十五等出仕となる。のち警部に昇進して福岡県へ転じ、秋月の乱では小倉連隊の乃木希典少佐とともに暴徒鎮圧に功を挙げる。
明治10年(1877年)西南戦争では巡査隊を率いて田原坂の激戦に参加。明治11年(1878年)大阪府警部となり、その後石川県・警視庁を経て、明治20年(1887年)東京地方裁判所検事に任官。
大分地方裁判所検事、徳島県警部長、香川・石川両県書記官などを歴任し明治39年(1906年)に退職した。
郷里出身の後進を育て百人を超える官吏・実業家・新聞記者などを世に送り出した。自邸には郷里の学生14名ほどを住まわせ精神的、物質的援助を惜しまなかったという。
弘化2年(1845年)9月9日誕生。大正9年(1920年)3月14日死去。
住所 東京都府中市多磨町4丁目628 多磨霊園 13区1種25側5番