宗参寺

乃木希典は山鹿素行を尊敬し「中朝事実」を愛読していた。乃木希典が自刃した後に遺族が梅の木を山鹿家墓所に移植している。

山高信離・・・幕末の旗本、明治期の官吏・博物館長。
幕臣 堀利堅の八男として誕生し、のちに山高家へ養子入りする 。中奥番、小納戸、目付などを務め、慶応3年(1867年)パリ万国博覧会に派遣された徳川昭武に随行する 。
維新後は各地の万博事務局に派遣され国際博覧会で実務を担当し、博物館行政の中心人物として上野博物館、帝国博物館、奈良博物館で館長を務める。
天保13年(1842年)2月12日誕生。明治40年(1907年)3月19日死去。

住所 東京都新宿区弁天町1
地図
山高信離の墓 山高信離の墓
山鹿素行の墓 移植遺愛梅記
山鹿素行の墓 宗参寺