曹渓寺

山内豊福・・・土佐新田藩5代藩主。
秋月藩10代藩主 黒田長元の次男として生まれ、嘉永6年(1853年)土佐新田藩4代藩主 山内豊賢の養子となる。
安政3年(1856年)養父の隠居により家督を継ぎ5代藩主に就任。本家の土佐藩を助けて土佐新田藩の軍制を洋式化し、佐幕派として行動する。
慶応4年(1868年)鳥羽・伏見の戦いで敗れた徳川慶喜が江戸に戻り、土佐藩への批判の矛先を向けられ、幕府と土佐藩との板挟みとなり妻の典子と自決した。
天保7年(1836年)5月10日誕生。慶応4年(1868年)1月13日死去。

山内典子・・・土佐新田藩5代藩主の継室。
上山藩8代藩主 松平信宝の長女として誕生。慶応4年(1868年)幕府と土佐藩との板挟みとなった山内豊福と自決した。
天保12年(1841年)誕生。慶応4年(1868年)1月13日死去。

藤森弘庵
号は天山。小野藩士 藤森義正の子として誕生。長野豊山、古賀穀堂らに学び天保5年(1834年)小野藩を致仕して江戸で私塾を開く、のち土浦藩に仕え藩校郁文館教授や郡奉行を務める。
弘化4年(1847年)土浦藩を致仕し江戸で私塾を開き、水戸藩への建白や梅田雲浜ら勤王志士と交わり勤王活動を行う。
安政5年(1858年)安政の大獄で捕縛され追放刑となり文久2年(1862年)に許された。
寛政11年(1799年)3月11日誕生。文久2年(1862年)10月8日死去。

住所 東京都港区南麻布2丁目9−22
地図
山内豊福・山内典子 山内豊福・山内典子
藤森弘庵 藤森弘庵
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