西迎寺
中野梧一・・・幕臣。初代山口県令。実業家。
幕臣 斎藤嘉兵衛の長男として生まれ、安政4年(1857年)父の隠居により家督を相続して幕府に出仕し外国奉行支配調役、勘定組頭などを歴任する。
慶応4年(1868年)戊辰戦争では彰義隊に参加して転戦し箱館戦争で降伏した。明治3年(1870年)釈放され静岡へ移住し従兄弟の中野家に入って中野梧一と改名する。
明治4年(1871年)大蔵省に出仕し、同年に山口県参事に抜擢され、後に初代山口県令となる。明治8年(1875年)辞職して藤田組へ入り、西南戦争の軍需調達で巨利を得た。
その後、大阪商法会議所副会頭となり、関西貿易商会の設立にも参加したが、明治16年(1883年)大阪の自宅で猟銃自殺した。
天保13年(1842年)2月17日誕生。明治16年(1883年)9月19日死去。
松平信敏・・・幕臣。
称は勘太郎。文久2年(1862年)目付となり、文久3年(1863年)大坂町奉行に転じ神戸海軍操練所創設調査、禁門の変での長州藩上坂、四カ国艦隊摂海侵入事件などを対処している。
慶応3年(1867年)大目付となり、同年12月に大坂町奉行に再任した。慶応4年(1868年)鳥羽伏見の戦いに参戦し15代将軍徳川慶喜に従い江戸へ戻る。
明治36年(1903年)4月7日死去。
住所 東京都新宿区舟町13−2
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中野悟一の墓 |
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| 松平信敏の墓 |
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