大鳥圭介追弔碑
大鳥圭介・・・幕臣。蝦夷共和国陸軍奉行。官僚。
播磨国の医家に生まれ閑谷学校や適塾で漢学・蘭学・医学を修める。幕府に出仕し蕃書調所・開成所で翻訳・教育に従事。金属活字「大鳥活字」を鋳造し多数の洋書を翻訳。
慶応3年(1867年)伝習隊を創設し幕府陸軍の中核を担う。慶応4年(1868年)戊辰戦争では伝習隊を率いて各地を転戦し、蝦夷共和国陸軍奉行となるが五稜郭で降伏。
明治政府に出仕し開拓使、陸軍省、工部省で殖産興業を推進。工部大学校初代校長、学習院院長、華族女学校校長を歴任。外交官として清国・朝鮮公使を務め、帰国後は枢密顧問官となる。
天保4年(1833年)2月25日誕生。明治44年(1911年)6月15日死去。
住所 東京都荒川区南千住1丁目59−11 円通寺
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大鳥圭介追弔碑 |
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