大関和七郎

大関和七郎・・・水戸藩士。
黒澤忠三郎の実弟。広岡子之次郎は甥。黒澤勝正の子として生まれ弘化3年(1846年)叔父である大関恒右衛門の養子となる。
安政2年(1855年)馬廻組となり安政5年(1858年)大番組に編入される。
安政6年(1859年)戊午の密勅問題では返納反対を唱え水戸街道長岡宿に屯集する。
その後、脱藩して江戸へ行き安政7年(1860年)3月3日、桜田門外の変に兄 黒澤忠三郎と共に加わり大老 井伊直弼暗殺に成功する。
井伊直弼を討ち取った後、熊本藩邸に自首し、後に富山藩預かりとなり死罪となる。
天保7年(1836年)誕生。文久元年(1861年)7月26日死去。

住所 茨城県水戸市松本町13−34
地図
大関和七郎(2012年1月) 大関和七郎(2012年1月)