永井尚志 永井岩之丞追弔碑

永井尚志・・・幕臣。蝦夷共和国箱館奉行。官僚。
奥殿藩5代藩主 松平乗尹の子として生まれ旗本 永井尚徳の養子となる。嘉永6年(1853年)目付となり、安政元年(1854年)長崎海軍伝習所総監理として海軍教育と長崎製鉄所創設を推進。
安政5年(1858年)外国奉行として露英仏との通商条約交渉を担当。文久2年(1862年)京都町奉行、元治元年(1864年)大目付となり、八月十八日の政変や禁門の変などで朝廷と交渉を担当する。
慶応3年(1867年)若年寄に就任。慶応4年(1868年)戊辰戦争では榎本武揚と蝦夷へ渡り箱館奉行となるが降伏。明治5年(1872年)明治政府に出仕し開拓使、左院、元老院で要職を歴任する。
文化13年(1816年)11月3日誕生。明治24年(1891年)7月1日死去。

永井岩之丞・・・幕臣。判事。
幕臣 三好長済の次男として生まれ永井尚志の養子となる。慶応4年(1868年)戊辰戦争では永井尚志と共に蝦夷へ渡り箱館戦争を戦う。
明治6年(1873年)司法省に出仕し控訴院判事や大審院判事などを務める。
弘化2年(1845年)9月誕生。明治40年(1907年)5月25日死去。

住所 東京都荒川区南千住1丁目59−11 円通寺
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