森岡昌純
森岡昌純・・・薩摩藩士。官僚。実業家。
鹿児島城下に生まれ、文久2年(1862年)4月23日の寺田屋騒動で島津久光の命を受け尊皇派鎮撫にあたった。
明治維新後は新政府に出仕し、明治4年(1871年)に長崎県大参事となり、続いて飾磨県参事、判事などを務めた。
明治9年(1876年)飾磨県廃止により兵庫県権令に転じ、のちに県令へ昇格した。
明治18年(1885年)共同運輸会社社長に就任し、同年に郵便汽船三菱会社と合併し日本郵船を設立し社長を務めた。
明治23年(1890年)貴族院勅選議員となり死去まで務めた。
天保4年(1834年)12月1日誕生。明治31年(1898年)3月27日死去。
住所 東京都府中市多磨町4丁目628 多磨霊園 22区1種37側5番
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森岡昌純 |
森岡家墓所 |
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