壬生基修

壬生基修・・・公家。官僚。政治家。
庭田重基の三男として誕生し壬生道吉の養子となる。安政4年(1857年)修理権大夫となり、文久元年(1861年)従四位を授かる。
文久3年(1863年)八月十八日の政変で失脚し長州藩へ下向(七卿落ち)のち太宰府天満宮へ移る。慶応3年12月、王政復古により帰京。
慶応4年1月3日参与に任命され軍防事務局親兵掛に転じ、6月に参謀として会津戦争に出征する。
明治2年(1869年)越後府知事に就任し水原県知事、東京府知事と歴任する。
明治8年(1875年)元老院議官となり貴族院子爵議員、貴族院伯爵議員と歴任する。
天保6年(1835年)3月7日誕生。明治39年(1906年)3月5日死去。

住所 東京都府中市多磨町4丁目628 多磨霊園 21区1種12側10番
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壬生基修