黒澤止幾生家
黒澤止幾・・・教育者。勤王家。
常陸国茨城郡錫高野村の修験者 黒沢光仲の長女として生まれ、祖父の吉荘から国学や漢学を学ぶ。
文政7年(1824年)鴨志田彦蔵に嫁ぎ二女をなすが天保2年(1831年)夫と死別し二女を連れて実家に戻る。生活は苦しく各地を行商して廻り詩歌の素養や尊王攘夷思想を得る。
安政元年(1854年)寺小屋を継ぎ、行商を続けながら子供達に読み書きを教える。
安政5年(1858年)水戸藩9代藩主徳川斉昭が幕府より隠居蟄居処分となると上京して雪冤運動に尽力するが、捕われ江戸、常陸、山城国への入国禁止の処分を受ける。
万延元年(1861年)錫高野村に戻り寺小屋を再開する。明治6年(1873年)村長から依頼され自宅の寺小屋を小学校とし学制発布後における日本初の女性教師となった。
明治7年(1874年)小学校の移設に伴い教師を辞任し、自宅で寺小屋を再開する。
文化3年(1807年)12月21日誕生。明治23年(1890年)5月8日死去。
住所 茨城県東茨城郡城里町錫高野2224
| |
黒澤止幾生家 |
黒澤止幾 案内 |
|
 |
 |
| 黒澤止幾生家 |
教室の跡 |
 |
 |
| 黒澤止幾生家 |
|
 |
|