雲井龍雄
雲井龍雄・・・米沢藩士。
米沢藩士中島惣右衛門の次男として誕生。幼少より学才を示し、藩校興譲館で朱子学から陽明学へと学風を深める。
慶応元年(1865年)江戸に出て安井息軒の三計塾に入門し、塾頭となる。
慶応3年(1867年)大政奉還後、新政府の貢士に抜擢される。慶応4年(1868年)東北で薩摩藩批判の「討薩檄」を起草し奥羽越列藩同盟を促すが、のち禁固となる。
明治2年(1869年)謹慎解除後、集議院議員となるも薩長政府と対立し短期間で退任。
明治3年(1870年)「帰順部曲点検所」を設け旧幕臣らの救済を訴えるが、政府に陰謀と見なされ逮捕され小伝馬町牢獄で斬首刑となる。
天保15年(1844年)3月25日誕生。明治3年(1871年)12月28日死去。
住所 東京都荒川区南千住5丁目33−13 小塚原回向院
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雲井龍雄の遺墳 |
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