興膳五六郎
興膳五六郎・・・医師。勤王志士。長府藩士。
長府の医師 興膳襲三郎の十男として誕生。京都に上って医学と蘭学を修め京都長者町で開業し頼三樹三郎ら勤王志士と交流する。
安政5年(1858年)安政の大獄で一時捕縛されるが免れる。文久2〜3年(1862〜1863年)医業の傍ら隠密として行動する。
元治元年(1864年)禁門の変後は桂小五郎と京都に潜伏。幾松救出に協力し新選組の追及を受けつつ逃れ帰藩する。
慶応元年(1865年)頃に文久3年(1863年)に暗殺された兄昌蔵の仇 田村内蔵之助を料亭子月屋で討つ。
慶応2年(1866年)小倉口の戦で報国隊を指揮。慶応3年(1867年)京都で薩摩藩、土佐藩などとの調整を行う。
慶応4年(1868年) 戊辰戦争では東山道から奥羽へ従軍。転戦中に母危篤の報で帰藩する。
明治4年(1871年)山形県の専断雑税免許騒擾鎮定を治め山形県小参事、典事、大属となる。
明治7年(1874年)司法省に転じ司法大解部となる。
文政12年(1841年)誕生。明治8年(1875年)1月2日死去。
住所 東京都府中市多磨町4丁目628 多磨霊園 22区1種12側