金子家
幕末の動乱期、当金子家に、新撰組の一隊(当時は甲陽鎮撫隊)が半月余にわたって滞在していた。
当家には覚書、願書、書簡、それに鎮撫隊の動向書、風聞書など、その間の新撰組の動きを知る貴重な資料が多数保存されている。
これらの文書から見ると、新撰組の当地滞在期間は、慶応4年(1868年)3月13日から4月1日までの20日間。
人数は当初48人から次第に増加して、終りの頃には230余人に達し、金子家ほか近くの観音寺に分宿していた。
主な資料をあげると、「乍恐以書付奉申上候」=五兵衛新田の年寄源右衛門が、金子家に近藤勇達が宿泊していることを代官所に届け出たものである。
「おぼへ」=当主健十郎が認めた賄方の記録で、滞在期間の動向を知る貴重な資料である。
書簡=代官佐々井半十郎より医師松本良順宛と近藤勇宛のもの等がある。これらの資料は足立区登録有形文化財となっている。
また、当家の祖先であり「五兵衛新田」の開拓者の一人である金子五兵衛の墓(足立区登録有形文化財は、観音寺に建立されている。
【現地案内版より】
住所 東京都足立区綾瀬4丁目15−21
| |
金子家 |
金子家文書 案内 |
|
 |
 |