定林寺

琳瑞和尚の勤王僧琳瑞之碑が建つ。碑には親交の有った山岡鉄舟により「琳瑞和上死而在何処当住知居処否」と刻まれている。

琳瑞・・・小石川伝通院内 新祥院住職。
水戸藩徳川斉昭の元に日参する程親交が在り、清川八郎、高橋泥舟、山岡鉄舟などとも親密にしていた。
暗殺された清河八郎の首は琳瑞が高橋泥舟、山岡鉄舟に頼まれ伝通院に埋葬した。
慶応3年(1867年)10月18日に高橋泥舟宅から帰宅途中に高橋泥舟の弟子2名、井戸丙九郎、広井求馬(塚田求)に暗殺された。
琳瑞は公武合体の思想を持っており高橋泥舟も暗殺理由が無い為に理由は不明だが、一説には徳川斉昭に近づきすぎた為に何者かに疎まれたとも伝わる。

住所 山形県西村山郡河北町谷地辛172
地図

勤王僧琳瑞之碑 勤王僧琳瑞之碑 裏面
勤王僧琳瑞之碑 定林寺